発酵茶(黒茶)について
【 発酵茶と後発酵茶 】
発酵茶には大きく分けて「発酵茶」と「後発酵茶」の2種類があります。
発酵茶とは、茶葉を蒸煮せずに作られる発酵茶を意味します。これには烏龍茶(半発酵茶)と紅茶(発酵茶)が挙げられ、酵素反応を利用した製茶法です。
後発酵茶(こうはっこうちゃ)とは、茶葉を蒸煮による加熱で滅菌(青殺)した後、任意の発酵菌を呼び込んで発酵させた発酵茶で、普洱茶(プーアル茶)等がこれに該当します。後発酵茶は「黒茶」と呼ばれていますが、これは天日乾燥させると茶葉の色が黒変することに由来し、中国で昔から用いられている名称です。
紅茶は収穫した茶葉を高湿度で管理し、茶葉に内生する酸化酵素による酸化反応と、加水分解酵素による萎凋反応を利用して作られます。一方烏龍茶は紅茶と同じ製造工程ですが、途中で加熱により酵素反応を停止させます。これが半発酵茶と呼ばれる所以です。
【 後発酵茶の発酵過程について 】
後発酵茶は微生物による発酵を利用して作られますが、3種類に大別できます。
①糸状菌(コウジカビ類)による好気発酵
②乳酸菌による嫌気発酵
③好気発酵および嫌気発酵による2段階発酵
なぜコウジカビと乳酸菌の二段階発酵なのかを簡単に説明します。コウジカビは、菌糸を茶葉の細胞壁に挿入して細胞内へアクセスし、養分を得て成長します。茶葉の細胞壁が破られていれば、その後の嫌気発酵の工程においても、乳酸菌にとって細胞内の養分を摂取しやすくなります。それが乳酸菌の増殖を促し、茶葉のより強い乳酸発酵が期待できる、という流れです。
最初に茶葉が柔らかくなるまで十二分に蒸せばコウジカビが付きやすくなり、コウジカビが多い茶葉は乳酸菌も繁殖しやすくなる、ということです。またカビづけがきちんとできていれば、茶葉を揉捻(もみほぐす)する必要もありません。茶葉を揉捻しないので、ミルフィーユのような漬物の形態をそのまま製品に仕上げることができるわけです。先人の叡智は実に深遠で、未来に継承せねばと痛感するものです。
【 発酵茶(黒茶)の歴史 】
茶の発祥の地・中国では、約2~3千年前に四川省で茶の飲用が始まったと伝えられる世界最古の飲料です。茶は新疆ウイグル自治区・チベット自治区・青海省から甘粛省や内モンゴル自治区等に至るまでの辺境地域に暮らす遊牧民族にも必需品となり、のちに保存性の高い黒茶が流通するようになりました。
駿馬の産地である遊牧民族地域と、茶の産地である四川等との交易が始まり、互いに絶対的必需品である茶と馬が交換されました。最盛期には年間で馬2万頭と数千トンの茶の交易が行われ、大きな隊列では馬が1000頭も連なったそうです。その道は「茶馬古道」として今も一部が歴史的遺産として現存し、観光客で賑わっています。
黒茶の発祥年は定かではありませんが、12世紀の文献に記録が残っています。砂漠や草原での遊牧生活は家畜の肉や乳が食事の中心であり、野菜の入手が難しい遊牧民にとって黒茶は健康維持に欠かせず、黒茶の年間消費量は1人当たり10㎏にもなります。実際に結婚式の結納品にも黒茶は必須で、今現在も生活に黒茶は不可欠な存在となっています。
日本での黒茶の歴史ですが、約400年前に碁石茶が土佐国の主要産品であったことが記録されていることから、16世紀にはすでに四国へ伝わっていたものと推察され、最盛期には高知県の吉野川上流域(長岡郡北部と土佐郡北部)および愛媛県宇摩郡の一部で作られていたようです。主に瀬戸内海の塩飽諸島を始めとする島嶼地域で大きな需要がありましたが、戦後は急速に需要が衰退し現在に至ります。
また、高知県吾川郡いの町(旧土佐郡本川村)の碁石茶は、愛媛県西条市(旧周桑郡小松町)に伝わり、現在の石鎚黒茶になっています。
【 発酵茶の分類名称について一言 】
現在の分類では紅茶は発酵茶、烏龍茶は半発酵茶ですが、前述の通りこれらは微生物発酵ではなく酵素反応を利用して作られます。茶葉に微生物が介在して初めて発酵茶と呼ぶことができるのですから、微生物が介在せずに作られる烏龍茶や紅茶は本来ならば「発酵茶」とは呼べません。
また後発酵茶の「後」の意味ですが、茶葉を加熱した"後"に発酵させることから「後発酵茶」と命名されたといわれますが、黒茶は何年も寝かせてから出荷していたことから、熟成させた"後"に飲むお茶という意味で「後発酵茶」と名づけられたとも言われています。いずれにせよ分類的にわかりにくい名称となっていますが、茶や珈琲の研究で名高い静岡大学の中林敏郎名誉教授は「後発酵茶」を「微生物発酵茶」と呼称されており、私もそれに賛意を表すものです。
【 なぜ黒茶が世界各地で人気なのか 】
中国は名実ともに茶の大国です。中国での茶の生産量はこれまで増加の一途を続け、2021年の統計で306万トン(日本は2020年で7万トン)です。華中から華南にかけての広い地域で生産される紅茶は43万トンで、福建省や広東省で作られる烏龍茶は29万トンです。
黒茶は湖北省や安徽省からから四川省・雲南省にかけての地域で40万トン生産され(前年比6%増)、種類も豊富で中には30年物の長期熟成させた高価な黒茶も存在します。近年では普洱(プーアル)茶がタイ北部でも盛んに生産され、その需要は欧米は勿論ですが、近年は韓国やシンガポール等でも輸入が増加しています。
では、なぜ黒茶の需要がそんなにも高いのでしょうか。それは黒茶の持つ芳香や呈味性に加え、血圧・血糖値・コレステロール値等の正常化、それに整腸作用、利尿作用、免疫調節機能、抗酸化作用やダイエット効果(脂肪細胞の肥大化抑制効果)等が確認されているからです。
いろいろと申し上げましたが、私は1人でも多くの皆様に、土佐黒茶をおいしくご賞味いただきながら健やかにお過ごしいただければと願うだけで、そんな思いでこれからも黒茶を作ってまいる所存です。皆様のご声援が唯一の励みになります。いつも叱咤激励を賜りまして、この場を借りて心より御礼申し上げます。